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「マージナルマン」と、「ショコラ」(映画)


「マージナルマン」は、珍しくそのモチーフ作品を自分で見つけた曲です。
似たような話の映画をどこかで観たような…と。
もちろん、正解かどうかは七さんしか知らないことですけれどね。
また、この曲のモチーフに他の物語を挙げている方もいらっしゃるようです。
それについては機会があればいつか書いてみたいなと思っています。


今回は、映画「ショコラ」の内容に触れています。
ご了承いただける方のみお進みくださいね。


 朝の訪れを知らせる鐘がなる 人々は集う
 ずっと昔から何も変わらずに この町は

Aメロは、映画「ショコラ」のオープニングそのままです。
鐘の音と共に教会へ集まる町の人々。
風習を重んじる町であることをナレーションが伝えます。

 新しい風が吹くのを畏れた

この「新しい風」は、いわゆる比喩だけではありません。
強い北風の吹く中、ある母娘がこの町へやってきたのです。
母親はヴィアンヌ、娘はアヌークといいました。
ヴィアンヌはアヌークを連れ、風に誘われるようにして旅を続ける生活をしていました。
ヴィアンヌの母もまた、そうであったように。
そういった意味では、ヴィアンヌも風習に縛られていたといえるかもしれません。

いつも明るい色の服を身につけているヴィアンヌは、画面でその色彩が目立ちます。
「カラフルマフラー」がそれを表しているのかもしれませんね。
人々は、それまでの町の雰囲気と異なるヴィアンヌにびっくりしつつ、興味津々です。
町の権力者に忠告を受けながらも、ヴィアンヌと交流を深め、その人柄に惹かれていきます。


「マージナルマン(marginal man)」という言葉を、私はこの曲で初めて知りました。
日本語にすると「境界人」。
意味は、「複数の集団に属しながらも完全には入らず、その境界にいる人」だそうです。
この映画には、ヴィアンヌと同じような生き方をする一団が登場します。
彼らは舟で移動・生活し、たまに陸地へ着けて過ごすのです。
一団の頭である男性・ルーとヴィアンヌは親しくなります。
けれど、保守的なこの町で彼らが歓迎されるわけもなく、ある出来事から町を出ることになります。

 日曜の朝に彼は追い出された この町を

 そして人々が手に入れたのは何
 元通りの町の景色?
 目に映るのは何故か少し さびれた愛しい我が家

ヴィアンヌも、アヌークを連れて町を出て行こうとしました。
けれど、ヴィアンヌに救われた女性が止めるのです。
「また元の町に戻ってしまう…!」と。
町の権力者に疎まれながらも、ヴィアンヌは多くの町の人たちに変化を与えていたのでした。
実際には町を出なかったヴィアンヌですが、「もし出ていたら…」という意味も歌詞には乗せられているのかもしれません。
きっとこうなっていたのではないか、と。


2番サビでのマージナルマンの描写は、とても明るい雰囲気です。
曲調もノリノリですね。
しかし、映画と重ねてみると、そうともいえないことに気づきます。
「冷たい川に飛び込む」のは、先述の「ある出来事」(事件)によるものです。
そして「忘れられない人」を思い出すのは、マージナルマンであるがゆえでしょう。


ラストサビを、映画のラストに結び付けて読み取ってみますね。

ヴィアンヌは映画の最後、土地に根付くことを決めます。
そして、一度去ったルーが町に戻ってきたところで終わります。

 ながい眠りの中
 夢を掘るようにいきてゆく愛しい人をみていた

二人のマージナルマンの新しい生き方が示されるようです。
「ながい眠り」は、町を転々とするマージナルマンとしての生活。
それを終えることが彼らの目覚めとなったのかもしれません。

 変わらない町のWoman
 風に乗り飛んできた
 みた事もない花の種 咲かせた

これはそのまま、ヴィアンヌが来たことで変わった町を表すのでしょう。
また同時に、ヴィアンヌ自身の変化も。
映画のラストで、砂を風に乗せてまくシーンはとても開放的です。
ヴィアンヌと町が解き放たれたことの象徴にも感じました。



【映画情報】

「ショコラ」
原題:Chocolat
製作年:2000年
製作国:アメリカ
劇場公開:2001年

観てから速攻でチョコを買いに走りました!(笑)
そのチョコをつまみながらこの記事を書いたのは言うまでもありません。
ちなみに映画の舞台は「村」ですが、ここでは歌詞に合わせて「町」としています。

映画の後半で、ある本を思い出しました。
江國香織さんの「神様のボート」。
こちらも、各地を転々とする母娘の物語です。
15年ほど前に初めて読み、数年後に読み返しました。
その時、自分が思っていたイメージとの違和感がありました。
今また読んだら、今度はどんな感覚になるのかなという思いがあります。

そして、もう一つ思ったのは、以前[モチーフ]記事で書いたチェ・ゲバラです。
彼の生き方と映画の最後のナレーションが重なりました。
「助けを待っている人がいる」
その内なる声に導かれ、最後まで突き進んだのがチェ・ゲバラ。
途中で、「それは他の誰かに」と手放したのがヴィアンヌ。
まったく関わりのない二人、しかもフィクションとノンフィクションですが、ふとそんなことを思いました。


・・・すみません、また本編以外で長くなりました。。。(笑)

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