「JUDY」と、「わたしを離さないで」


「わたしを離さないで」と出会ったのは、「JUDY」を聴く前でした。
職場の同僚が本を貸してくれたのです。
七さんが会報でこのタイトルを出したときは、本当に驚きましたね。
内容が内容なだけに、どんな曲になるのだろう?と。

今回は「わたしを離さないで」の内容についても書いていきます。
ネタバレしていますので、未読の方はご注意くださいね。


出だしから、「あの場所」のことだと分かりました。

 失ってしまったものに出会うという
 何処か遠い遠い場所
 いつかこの身が自由になる時
 行こうねって話したね

原作でいう「ノーフォーク」ですね。
主人公のキャシーはじめ、ヘールシャムの生徒たちが心の拠り所としていた場所です。
失くしたものはすべて、ノーフォークに集められるのだと信じられていました。
ヘールシャムとは、キャシーたちが育った施設。
物語は、キャシーがヘールシャムでの生活を振り返るところから始まります。
そして次第に、この物語がどのような世界であるのかが分かってきます。

「自由になる時」
この言葉は、この物語では残酷ともいえる言葉です。
本当の自由なんて、彼女たちには一生訪れません。
ヘールシャムの生徒たちは皆、臓器移植のためだけに生まれた子どもたちだからです。
大人になれば臓器を提供し、一生を終えます。
もしかしたら死後も臓器の提供は続くのかもしれない、という不安と共に。
その最期の瞬間まで、自由とはかけ離れた人生を送ります。
ただそれは、私たち(読者)から見ただけの話です。
彼女たちがそんな自由を求めていたかは、また別の話かもしれません。


サビの「let me go」は、「わたしを離さないで」の原題「Never Let Me Go」から。
会報を読んでいない方でも、タイトルとこのサビで思い当たった方がいるかもしれませんね。
直訳すると「行かせて」ですが、「逝かせて」とも訳せてしまいそうです。
キャシーには、ヘールシャムで一緒に育った友人たちが多くいました。
しかし皆、キャシーより先に臓器の提供を終えていきます。

サッカーが得意だったトミーもその一人です。
二人は深く愛し合った仲でした。

 駆け寄って笑ってまたグランドに戻る
 逆光に映るシルエット
 鮮明な想いは会えなくなってから
 色褪せることもなく

失った人たちの記憶、そして想いは、キャシーにとって消えるものではありません。


物語の最後、キャシーはノーフォークまで出かけます。
立ち止まった場所は、耕された大地。
いるのはキャシーだけです。

 目を閉じ想像ん中 君と歩いてみた
 そっと涙流すことを許した
 たった一度だけ

トミーを失った傷を癒せないキャシーは、この地での空想を自分に許します。
キャシーにとって、一度だけの甘えでした。

 繰り返す波音 届く風 地平線
 迫る人影(かげ) 呼び声 あぁ君に変わりゆく

海岸線に打ち上げられる、失ったものたち。
そして地平線から現れる人影、トミーが手を振って…。


キャシーは自分の空想におぼれることなく、少しだけ涙を流して、ノーフォークを去りました。
その後の物語は描かれていません。
けれどきっと、キャシーは自分の人生を一人で生きたのでしょう。

 最果て探して旅立つ今 君なしで
 誘う記憶頼りにまた今日過ごしてく
 寄り添うJUDY抱きしめて

ノーフォークはキャシーにとって、思い出の地でもありました。
かつてトミーと一緒に、失くした物を探し出したことがあったのです。
それは、ジュディ・ブリッジウォーターのテープでした。
このテープこそキャシーの心の拠り所。
トミーを失ったキャシーにとっては、それまで以上に大切なものとなったことでしょう。

「JUDY」のタイトルは、そんな歌手の名前からつけられています。
そのセンスが七さんらしいなと思ってしまいますね。



【書誌情報】

「わたしを離さないで」
 カズオ・イシグロ [著]
 土屋政雄 [訳]
 早川書房(ハヤカワepi文庫)

初めてこの本を読んだのは、7年ほど前でしょうか。
ただのSFと言ってしまえばそれまでですが、それでも衝撃的な内容でしたね。
話の流れについていくのがやっとでした。
その頃にどこかで、著者のカズオ・イシグロさんのことを見聞きしたかは記憶が定かでありません。
ただ最近、カズオ・イシグロさんのインタビュー記事を読み、少し安堵しました。
私がこの物語から感じたものとカズオ・イシグロさんの考えがかけ離れていなかったからです。
そしてカズオ・イシグロさんは、自分が意図したことから離れて読んでほしくない、という方のように思いました。
七さんとは異なりますね。七さんは、「どうぞご自由に」という方ですからね。

私はこの物語から、「キャシーたちがこの人生を受け入れてしまうことの悲しさ」を感じました。
「恐ろしさ」と言ってもいいかもしれません。
キャシーたち生徒は、臓器提供の「猶予」は求めながらも、「拒否」することはありません。
別の人生を想像はしても、なぜ自分たちが臓器提供をしなくてはならないのかという疑問を持たないのです。
そのことに対し、しかし私も、「なぜ?」とはあまり思わなかったように記憶しています。
閉じられた場所で周りの思惑通りに育てられたら、疑問も反抗も持たないで過ごしてしまうのではないか。
そんな気味の悪さも感じました。


書誌情報にスペースを割いていますが(笑)、この物語については次回以降も少し書かせてください。
次回は[モチーフ]番外編として、「わたしを離さないで」の二次作品について書きます。
「JUDY」とは関係なくなっていますが、いつも通り、番外編なのでお許しを!
逆に次々回では、「わたしを離さないで」と関係のない記事ですが、こちらも[モチーフ]番外編と位置づけました。
お時間のある方は次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。

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